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高文連が終わり、何かに満たされ
重いプレッシャーから解放された数日後。 私は、1年10ヶ月付き合った恋人と別れました。 それは10月28日…本当にぴったり1年と10ヶ月。 出逢ってから経た年月は、4年という長い時間でした。 彼は、私にとって奇跡の存在でした。 彼と知り合ったのは同人活動を始めて間もない頃。 チラシ置き場の私のペーパーを見た 彼が手紙をくれたことがきっかけでした。 高校生になり、放課後お茶するのが恒例となり、 ある日彼の書く演劇脚本の表紙の依頼を受け、 少しずつ私のイラストのお仕事は増えてゆきました。 そのときの私は、「恋愛」や「恋人」について考えていました。 丁度過去の淡く幼い恋を客観視できるほどの刻が 過ぎていましたし、周りがそういう年頃でしたし。 いや、それは私もなんですけど…恋をすることに 少し抵抗があって、消極的でした。 ひとと本音で接するのは怖いし、 自分を好きになってくれるひとがいるなんて想えない。 そう想ってたんですけど…考えを突き詰めていったら ふと気づいたんですよね。彼のことが好きだということに。 私の母などはとっくに知ってたみたいですけど… 昔から、自分の恋に鈍感な私なのです。 そして、昔からひとに嘘をつくのが苦手な私なのです。 気がついたら秘密にしておくことが出来なくて、 いつものように一緒に食事をしているときに 「私、あなたのことが好きみたいです」。 でも別に「彼女になりたい」とか、 「恋人になってほしい」とか想ってなくて、 単純に気持ちを知っていてほしくて言っただけです。 仕事のパートナーとして不満はありませんでしたし、 その頃にはビジネスと私情を混ぜないことも憶えていました。 ただその後は欲目が出てきましたけどね。 「恋」という気持ちは、「一方通行」なんだなあ、と 一番最初の大切なひとが、教えてくれた通りに。 もしも「彼女」の肩書きがなくては隣にいることが 出来ないのなら、その肩書きが欲しいと想うようになりました。 そしてある大きな仕事がきっかけで、 私と彼は「恋人同士」になった訳ですけども。 彼が付き合い始めの頃に、言った台詞を憶えています。 「付き合いだしたら、嫌な部分が沢山みえる」 確かにその通りでした。 だけど、それすらも「愛しい」と想えました。 それを含めて「彼」なのだと、想いました。 彼は、惜しむことなく私に「愛」をくれました。 次第に私も、それを返したいと想うようになりました。 想っていたよりも素直じゃない自分が嫌でした。 生まれて初めて、自分が「女の子」なのだと意識しました。 自己満足の想いは「恋」で、 通じ合うふたりの気持ちが「愛」。 それを交し合い育て行くことが「恋愛」なのだと、 彼は私に教えてくれました。 そうして成り立った私の恋愛説はこうです。 「恋人」とはお互いがお互いのためにお互いを高めあうこと。 彼のために可愛くなりたいと願うこと。 彼の隣にいても、彼が恥ずかしくない女でいること。 それは相手側も同じではないでしょうか。 常に成長の兆しがみえる人間にこそ魅力があり、 惹かれるのではないでしょうか。 私は私を磨きたいと想えるようになりました。 彼と過ごした日々は、必ず私の糧になります。 だから無駄なんかじゃない。 後悔なんてしない。 彼は間違いなく私の運命のひとのひとりです。 「私が好きだと想ったひとが私を好きだと言ってくれる」 そんな奇跡を、与えてくれたひとだから。 相羽李々 |
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この言葉は、私の友人が雑談中に
ごく自然に零した言葉です。 その場の会話は途切れることなく続きましたが、 私はそれを聴いた瞬間、心が沈んでしまいました。 彼が言うには、 「人間がひとり死んでも、世界はそんなこと 気にも留めずに回り続ける。そう考えたら、 よっぽど偉くて有名なひとが死なない限り 世界に支障は来さない」だそうです。 それを哀しい考えだと想うのは、私だけでしょうか。 確かに人間はいつかは滅びるし 地球もいつかは消えてしまいます。 誰が死のうが殺されようが 明日は来るし、涙もいずれ乾きます。 だけど私には、「私だけの世界」があります。 有名な画家の中には、死んでから絵の評価が あがり後の世界に影響を及ぼしたひとがいます。 音楽も、言葉もそうです。 過去なくしては「今」は訪れない。 「世界的に影響を及ぼす人間=必要な人間」と判断するならば、 世界の大多数のひとが「必要ない人間」となるのでしょうか。 「必要な人間なんていない」そう言った彼こそ、 「必要とされたい」そう感じているのではないでしょうか…? ・・・それを考えることは、余計なお節介かもしれないけど。 「私の世界」では、彼の一挙一動が私の未来に影響するんです。 事実彼の言葉は私の心を哀しくさせ、ブログに… ネットワークという広い「世界」に記事をひとつ増やしました。 そして今この記事を読んで下さっている あなたの時間…間接的に、彼に費やされてます。 仲のいい子たちが集まったとき、そこにいない彼の話題で皆が笑ってる。 彼が居ないとき、私は彼が居たほうがもっと楽しいのにな、と感じます。 そんな彼は、「必要な人間」ではないのでしょうか。 それとも私に必要とされても、彼は嬉しくないでしょうか。 私には、私のカラーがあります。 私は「世界に必要とされる」人間になりたいとは想ってません。 ただ、出逢ったひとの人生のページにほんの少しでも、 忘れられるような一瞬のフィルムのような存在でも、 誰かの心に私のカラーが残るといいな。そう想ってます。 世界的に必要とされるより、私は身近な誰かに必要とされるひとになりたい。 欲を言えば、私は「わたしに必要とされる」ひとになりたい。 「私がわたしでなければ出来ないこと」をやりたい。 それが満たされることを考えて生きた方が、楽しいと想いませんか。 そう考えたほうが、素敵に生きられる気がしませんか? 相羽李々 |
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私はあまりテレビを観ないので
携帯で天気やニュースが書かれた メルマガを購読しています。 ニュースの目次は芸能ニュースが 多いのであまり詳しくは観ませんが、 先日とてもショックを受けたニュースがありました。 ニュース番組でちらりと聞いた 最近の事件の関連記事でした。 岡山で少年がひとを突き飛ばして 電車に轢かせたというものです。 これだけ聞いて、犯人が正気では ないことなどわかりきっています。 殺人を始め、罪を犯したひとびとが 警察に逮捕された後どのような生活を 送っているのか、私は詳しく知りません。 弁護士とか、裁判とか、難しいことは よくわからないけれど、その少年を 管理している人間がいることは 何となくだけれど知っています。 岡山の事件の少年は、精神鑑定を受けたそうです。 この言葉は最近特によく聴きます。 内容も、言葉からして大体見当がつきます。 その精神鑑定の結果、少年は 「アスペルガー症候群」であることが判明したそうです。 そして、そのことを少年を管理するひとは公表しました。 ニュースの内容はこれで終わりです。 ただ本当に、「少年はアスペルガーです」と 伝えるだけの記事でした。 それを読んだ私の最初の感想は、 「意味がわからない」でした。 少年がアスペルガーだから何だというのか。 少年がひとを殺すと言う許されないことを したのは事実で、それは障害があろうと なかろうとその罪は平等に裁かれるべきです。 だけど、この思考は私が「アスペルガー症候群」を よく知っている人間だから成り立つのです。 同じ記事を読んで、私と同じことを想う前に、 世の中の人々は疑問を抱くでしょう。 「アスペルガー症候群とは何?」と。 でも、その疑問を解消するべく アスペルガーについて調べてくれるひとは その中でもごくごく僅かでしょう。 そして、何となくの先入観が刻み込まれる筈です。 「精神状態が可笑しいから殺人を犯した」・・・。 「アスペルガー症候群だからひとを殺した」。 そもそも、アスペルガーについて正しい認識を している人間さえ少数で、偏見や誤解が絶えません。 世間の理解が少なくて、傷つくのは アスペルガーである側の人間なんです。 殺人を犯した少年の障害名と言う認識を得た 世間の人々は、何の罪も犯していない アスペルガーのひとたちを、 どのような目で見るのでしょうか・・・? 私はアスペルガー症候群です。 岡山の少年が事件を起こす前からそうです。 事件が起きていようがいまいが私が アスペルガーだということに変わりはありません。 私は自分がアスペルガーだということを 恥ずかしいなんて想っていないし、 隠そうとも想っていません。 だってこの障害は危険でもなんでもなく、 ただの私の個性のひとつで、性格です。 更に言えば、「私そのもの」なんです。 声を大にして言えます。 「私はアスペルガー症候群です」。 だけどそれを言うことで、ニュースを観たひとが 私を恐れたり、避けたり拒絶したりするかもしれない。 そう想うと、怖くて言えなくなってしまいます。 私は、言いたくても言えなくなってしまいます。 アスペルガー症候群のひとが殺人を犯すわけじゃない。 障害なんて1ミリだって関係ないです。 なのに殺人を犯した少年がアスペルガーだと 公表して、生き難くなるのは私たちなんです。 悔しいです。怖いし、悲しいです。 どうして公表なんてしたんですか? 事件に関係なんて欠片もないのに。 酷いです。 私たち、理解の少ない中でも必死で生きてるんですよ。 相羽李々 |
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【】 マルより。
かなり まともな意見だと思って読みました
アスペルガー、殺人でヒットするブログや意見は....なんというか......自分が正しいんだぞと 遠慮も全くなく ぶちまけてるだけのものが多い気がする.... 【】 相羽李々より。
書き込みありがとうございます。
相羽李々(あいばりり)と申します。 正直、特定の事件に関して意見するのは 躊躇われましたが、自分の胸に秘めておくには あまりに悔しく、悲しくて記事に致しました。 勿論、ネットワークに意見を載せる以上 それなりの覚悟はしています。 数ある記事の中で、私の声が届いたことを 大変嬉しく想います。 ありがとうございます。 |
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あなたは、「サンタクロース」の
存在を信じていますか? 私は、サンタさんは絶対居ると想ってます。 でも周りのひとは口を揃えて 「サンタさんなんていない」って言います。 唯一「いるよ」と言ってくれるのは家族だけです。 「サンタさんはいない」と言うひとの大半は、 サンタさんの正体は親だと言います。 あと、ニュージーランドにあるサンタさんが 住む場所にはサンタさんが居ると言っています。 サンタさんの免許みたいなものを持ってるらしいひとたち。 それから、サンタさんが世界中のいい子にプレゼント あげてたら破産するとか、一年に一度しか働かなくて いい大人はいないとか、そう言うことを言われます。 そういうことを、当然のように言われると 私は哀しい気分になります。 昔、パパとサンタさんは知り合いだから、 欲しいものがあるなら電話して伝えておくって言ってました。 ママは、「今年はサンタさんにお手紙書かないの?」 って言ってくれました。私は毎年サンタさんへの手紙を 枕もとにおいて眠ってましたから。 そのお手紙にお返事は来なかったけれど、 お返事をもらえた子のお話はきいたことがあります。 それに、朝起きたら畳んでたお手紙を読んだ形跡が残ってましたし。 サンタさんを親だと言う子が「棚にプレゼントを発見した」と 言ったので私もあらゆるところを探しましたが、 それらしいものは見つかりませんでしたよ。 日本のお家には煙突がないから入れないって言ったひとも 居ますが、最近は換気扇から入ってくるらしいです。 サンタさんのお腹が引っ掛からないか、服が油汚れしないかが とても心配です・・・頑張れサンタさん。 ニュージーランドにあるらしいサンタさんのことは、 私も知ってますし、ニュースでサンタさんTVに出てました。 本物のサンタさん・・・雪道をトナカイさんがひくソリで 去って行きました。私はそのニュースを観た時、 正直感動しました。私の想像よりもサンタさんはスリムでした。 換気扇のためにダイエットしたのかもしれない・・・。 届いたお手紙もちゃんと読んでましたよ。 それにトナカイさんのそりは、私が考えてた以上に スピードが速くて、絶対あれならお空に飛んでいけます。 サンタさんは、正体を見られたらもうその子に プレゼントはあげられなくなるってパパが言ってた。 私はクリスマスの夜はプレゼントが待ち遠しくて 何度も目を覚ますのに、サンタさんの正体を 見たことはありません。もしかしたらサンタさんは、 限られた魔法が使えるのかもしれません。 換気扇はキツイから玄関を魔法で開くのかも。 正体を見られないように子供が目覚めない 魔法を使うのかもしれない。 そして、クリスマスツリーのてっぺんのお星さまは きらきら光ってサンタさんの道標になってると想う。 親がプレゼントを置くのは、サンタさん忙しいから 代わりに置いてもらうように頼まれたからかも。 ・・・そんな私の考え、皆信じてくれないけど。 少なくとも私は信じてる。 だってプレゼント貰ったもの。 大人になったらサンタさんが来なくなるのは、 「もう欲しいものは自分で手に入れられる」ように なるからだと想います。ちゃんと自分で手に入れる 努力をするように、プレゼントは終わりにする。 もしも周りのひとが言うように私の想うサンタさんが 居ないとしても、私にはクリスマスプレゼントをくれる そのひとが、「私にとってのサンタクロース」なんです。 だから私にサンタさんが居ないなんて在り得ない。 夜中のサンタさんはもう来なくなったけど、 今は大切なひとたちが私のサンタさんになってくれる。 だからサンタクロースは、誰にだって訪れるはず。 相羽李々 |
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小学生の頃、担任の先生がクラスの皆に訊きました。
「今まで死にたいと想ったことがあるか」と。 今想えば何という不躾な質問だ、と感じますが、 その時に挙手した生徒はクラスの3分の1以上でした。 その中に、遠慮がちに私の手も混ざっていました。 私が初めて「死にたい」と想ったのは小学5年生のとき。 小学校は2年ごとにクラスがえがあり、私にはその頃 「常に一緒にいる友達」が居ませんでした。 小学校3、4年の頃仲が良かった親友たちは、 クラスがえがきっかけで私の側から居なくなりました。 ASの特徴のひとつに、「暗黙のルールがわからない」と 言うものがあります。よく言えば素直な正直者。 悪く言えば無神経。今でも私の口にした何気ない一言に 「意外とはっきり言うね」と苦笑されます。 そして、小学生の私が知らなかった「暗黙のルール」とは、 「友達はいつか隣から居なくなる」です。 言い方は悪いかもしれませんが、知らなかった頃は 本気でショックだったことなのでこう想ってます。 勿論今は、親友たちは私よりもっと気の合う友人と出逢えたから その子と仲良くなった。仕方がないし、当たり前のこと。 そういうことがわかるようになりました。 学校の階段をひとりで降りる度にここから飛び降りてしまいたいと 想っていた私を救ってくれたひとの話は、またにしましょう。 でも、小5の頃のあの気持ちはクラスの子達が感じたように、 誰もが一度は感じる気持ちなのでしょう。 実際、死の重みがわかってからの自殺願望はその比じゃないです。 中学校の3学期から全く学校に行けなくなった私は、 自責の念や嫌悪の気持ち、周りの対応のひとつひとつに 日々追い詰められていきました。 家庭訪問に来る担任、渡されるプリント、優等生から 不登校児に堕落した自分、両親の気持ち。 私は不登校が問題とは想いませんが、 小学校・中学校と成績は良かったので勉強が遅れて しまう焦りや学校に行って欲しい、来て欲しいという 周りの声に応えられない自分が嫌だったのです。 直に私は、リストカットや徘徊を始めました。 夜型なので好きなことが出来る夜中は味方だったのに、 日が暮れるにつれて私の心も闇に染まりました。 そんな時の感情は、「無」でした。 何もかもがどうでもよくなり、投げやりでただ「死にたい」と想う。 最終的には動くこともできず寝たきりになり、 口を開けば「死にたい」「死にたい」と呟き、ただ涙を流していました。 それから一ヶ月の入院により私は自我を取り戻し、 病気と付き合いながらの生活にも慣れました。 中3になり、受験の為保健室登校も始まり、 無事高校入学を果たしました。 人間の感情は「喜怒哀楽」で出来ていると言いますが、 いつの間にか私の中にはそこに「死」が混ざっていました。 無気力になって何もかもどうでもよくなる「無」とはまた違う感情。 「嬉しい」とか「楽しい」とか感じるくらい簡単に「死にたいな」と 想うようになっていました。口にはなるべく出しませんけど。 でも、人間が自ら死ぬことは許されないし、 どんなやり方でも周りが迷惑する。 今でも腕を切りたくなるけれど、必死で我慢する。 何故なら大切なひとたちと、約束をしているから。 それに最近は、「死にたい」と想わなくなってきたので。 今までで一番きつかった時期を乗り越えて知る命の重み。 「死にたい」という一言がもたらす影響。 知っているからもう想いたくないし口にも出さない。 最近の若い子たちが簡単に「死にたい」と言うので、 私はそういうひとたちが大嫌いです。 他人のこと言えないかもしれないけど・・・。 だって本当につらいときに出る「死にたい」の意味は、 本気で「生きたい」という意味だから。 だから周りの誰かが「死にたい」ときは、どうか一緒に「生きて」あげて下さい。 一緒に必死にもがいてでも、本当は生きたくて仕方がないから。 相羽李々 |
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同年代の子の話を聴いていると、
「一週間で彼氏作る」とか 「最高で1週間しか付き合ったことない」とか 本気の恋愛してないんだな、って いつも想ってしまう。 一週間で彼氏が出来るほど 自分はイケてると想ってるのか・・・?とか 1週間のお付き合いってどんなだ、とか 本人たちなりに恋をしているのを 心の中でそんな風に想ってた。 ・・・・・・本人にはとても言えませんがね。 彼女たちは付き合った男の子が沢山居るから、 新しい彼が出来ると元カレから連絡があるだけで ウザイとかキモイとかで、正直以前好きだったひとを よく嫌えるなあ、とも想う。 確かに私も初恋のひとには幻滅したけど・・・。 そこまで拒絶のラインはないと想う。 告白されてフッた男の子とも遊べるし、 どんなひとでも私を嬉しくさせてくれて 好きになってくれたのだから、そう想うと 憎めないなあ・・・。 友達から恋人になれるなら、恋人から友達にも なれるんじゃないかと想うのは甘い考えかな? 私は、忘れたくないと想う。 そのひとを愛した事実と、存在を。 そのひとが居なかったら今の私は居ないだろうし、 誰かに恋する気持ちも知らなかったと想う。 あの頃の私は幼すぎて、彼を傷つけたりも したんだと想うとやっぱり哀しいし、 「忘れていいよ」なんて言葉は言わないで欲しい。 私たちはきっと、お互いに優しくなるほど淋しいんだよ。 だから忘れて欲しくても、私は忘れてあげないよ。 恨むとかそんなこと考えたこともないし・・・。 これから先も時々きみを想い出すと想う。 きみは今も生きてるんだね。 それが知れてよかったよ。 私は未来へと進んでいくから、 あの子のことはよろしく頼むね。 ありがとう、キリト。 相羽李々 |
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私がアスペルガー症候群(AS)と
出逢ったのは中学生の時です。 私は1年生の3学期から不登校で、 心を病んでしまい心身クリニックに 通っていました。 中2の12月、大きな病院に入院しました。 その時に行った心理検査というもので、 私がASだとわかったようです。 ・・・というのも、私は主治医から直接 聴いていないんですね。母から聴きました。 母は自律神経を患っていて、病院に 連れて行ってくれたのも母のお陰です。 そんな母がASについての本を読んでいて、 その時の私はてっきり母がASなのかと 想っていました。暫く何も言いませんでしたが、 ある日そのことに触れるとあっさりと 私がASなのだと明かされました。 それが中2の冬なのか、中3の春なのかは はっきりと憶えていません。 病気が酷かった所為か記憶が殆どないのです。 事実を知らされた私は、特にショックではなく ASがどのような障害なのかを訊きました。 そして母が教えてくれたのは、 「アスペルガー症候群のひとには、特別な才能があることが多い」 そう教わりました。 その他挙げられた特徴は見事に私に当てはまり、 ショックというよりは「なるほど」と納得したくらいです。 私は将来漫画家になるのが夢で、絵を描くのが 得意だったので、それはASがくれた私の才能だと想っています。 だから自分がASだと知ったときも、勿論今も、 「ASでよかった」と心から言えますね。 それから私も自分の障害・・・ASについて 調べ始めましたが、そのお話はまた次回にでも。 私とアスペルガー症候群との出逢いのお話でした。 相羽李々 |
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【】 あいりより。
ASとか初めて知った
辛いこととかあったら いつでも相談してを 【】 相羽李々より。
あいり来てくれてありがとう♪
相羽李々です。 このブログはPCのサイトと 繋がってるから自分の作品の話、 ハマってるものの話、 日頃想ってることとか書いてます。 私はASの本書きたいからこの記事は草稿みたいなものかな? 今はとにかく手が痛いのがつらいかな(笑) |
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さよなら、運命のひと。
2008.11.14 Fri


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![イラスト 募集 CREPOS[クリポス]](http://www.crepos.net/banner/bnr_white2.gif)
私のアソコを舐めた瞬間、「熱ッ!ちょっと冷ますね」とか言ってて超うけたんですけど(゜∀゜)
でも、舌使い超上手くて2回もイッたし、クリの攻め方とか今の彼氏以上で超気持ち良かったょ☆
http://zz84.net/mkn/fn75wuc